ケチ・ケチ・けちの巻。
何気に年齢を重ねていくと、人の人生の浮き沈みを目の当たりにすることも多い。ふとした瞬間にそういえばあの人最近見ないな?とか、音信不通の人を思い出したりとか。大体は経済的な理由でそうなってしまうと思われますが復活して欲しいものです。
私の回りでお付き合いの長い人は実はケチな人がとても多い事に気が付いた。何と言うか私には決して出来ない優雅なケチ?なんですね。ちゃんとスーパーフェラーリ持ってるのに全然乗らない人。スゲー良い時計持っているのに全然使わない人。
今日は頭が冴えている。書いている最中にふと思ったが、彼等は一見金のかかりそうな物を持ってはいるのだが実は全然生活には金がかからないのではないか?金のかかるサーキット走行、レースはやらないし、クルーザーも持ってない。飛行機も持っていない。別荘も持っていない。
つまり、本能的にそういった調子の良い時に背負い込んじゃうと後々面倒で経済的に打撃を受けるものを避けているんじゃないか?何故避けられるか?多分お育ちと教育でしょう。お付き合いの長い安定している(ケチな)人には全員共通している。
冷静に考えると、別にケチな事は恥ずかしい事では無いのではないか?優雅なケチ=節約というか、そんなところにお金をつぎ込む感覚が無いのではないか?と思う。
そんな人達とお付き合いが長いと、コイツ間もなく飛ぶ!な、という人物を見分けることが出来る様になる。同業者にそういう人が最近多いのが気になる。











